Colloquium

NO.226
Weekend Mathematicsコロキウム室/NO.226

NO.1701  2.5ページでわかる量子コンピュータの仕掛け   2007.12.25   DDT

ペンローズさんが「心の影」の中で、 「量子コンピュータは超並列化されたノイマンコンピュータに過ぎない」と言い切ってくれたおかげで、 量子コンピュータの仕掛けがわかった気がします。例によって、詳細は無理ですが 。以下はA4で約2.5ページです。

1.100桁の2進暗号
ここでは、できるだけ状況を簡単化するために、 100桁の2進暗号を解く状況を考えます。100桁の2進暗号とは、


みたいな0と1の並びです。 考えられる2100ケースの01並びの中で、たった一通りが正解だとします。 使用するコンピュータのCPUも、状況を単純化するため、 1bit CPUだとします。1bit CPUが一度に扱える状態は、CPUが0を保持するか、 1を保持するかのどちらかです。正確に言うと、こういう状態の保持は、 CPUの中のレジスターと言われる基本機構で実現されています。
私は8bit CPUの時代から本格的にコンピュータと付き合いはじめ、 CPUは16bit,32bitと進化してきました。もうすぐ64bit時代の到来です。 8bit CPUはレジスターを8個,16bitは16個持っています。 なので1bit CPUとは、レジスター1個のCPUの基本機構そのものです。 現在主流の32bit CPUは、これより遥かに高性能です。

2.CPU×1の場合
コンピュータが1bit CPU×1の場合を考えます(最近流行のDual Coreではありません)。 1bit CPUは100桁全てを一度に見渡せないので、 明らかに最悪100×2100回動作する必要があります。 メモリ上に100bitの領域を確保しておいて、ある100桁の01列をセットするために、 100桁の01列の1パターンにつき、メモリと100回通信します。 これが100×の意味です。注意すべきは64bit CPUだって、動作回数はそんなに変わらないことです。 わかりやすく100bit CPUだとすると、動作回数は2100回で、 100bit CPUより100倍速いだけです (実際には、あれやこれやの無駄が省けて数10万倍速いとは思いますが、いずれにしろ、)。 2100は1030のオーダーにあり、100=102(や105)の違いなど滓だとわかります。 現在の標準機の搭載する1GHz CPUだとして単純計算すると、最悪で、 1030回/109回/60秒/60分/24時間/365日=3.2×1013年となります。

3.2(2100-1)個の並列化
しかし1bit CPUだけを使って、CPUの動作1回で、100桁の2進暗号を解く方法があります。 2(2100-1)個の1bit CPUを並列化させればいいのです(図-1)。
図-1の1bit CPUは全て同時に動作するとします。 そして図中の点線矢印で示したData Pathに沿ってそれらは通信し、 2進暗号のテストパターンが「010・・・」のように、Test回路にセットされます。
図-2は、Data Pathに沿って出来上がったテストパターンが、Test回路に入る様子を示しています。 話を単純化するために、Test回路も必要なら2100個設けるとします。
図-1,2からわかるように、全てのCPUとTest回路が理想的に同時に動けば、CPUの1回の動作で、 100桁の2進暗号は解けるはずです。1GHzのCPUだとすれば、1億分の1秒で終了です。
問題は、このような超並列化は現実問題として不可能なところにあります。


などです。1030個という数字がどんなにとんでもないものかは、 単純計算でもわかります。現在の基板技術は、 1cm2の中に、100万オーダーのトランジスターなんかを詰められるとこまで来ています。 プリント基板の厚みが1000分の1mmと仮定して、サイコロ状の立体並列CPUを考えると、
   1030個/106個/10mm/1000個=1020cm3=1014m3=105km3≧46km×46km×46km なんて事になります。



4.量子CPUの場合
こっから、詳細は無理な話に入ります。我田引水で申し訳ないですが、 NO.1515NO.1521NO.1530で扱ったシュテルン・ゲルラハ実験とEPR効果を思い起こして下さい。 まず互いに逆向きのスピン(例えばそれらを+,−で表します)を持つ2個1組の電子を発生させます。 電子のスピンは磁場を発生させるので、2個の電子は逆向きの磁石です。 そこで2個の電子を上下磁場の中に通すと、一方は上向きに、他方は下向きに曲がります。 どちらの電子がどちらに曲がるかは、50%の確率でした。その後で今度は左右磁場の中を通すと、 一方は左向きに、他方は右向きに曲がり、どちらに曲がるかの確率は、今度も50%です。 これがシュテルン・ゲルラハ実験でした。 結果として電子の±は、観測によって決まるという常識に反した結論になり、 一方が+と観測されたら、もう一方は必ず−で、この観測時に起こる±の決定効果は、 電子間を瞬時に伝わります。いくら離れていても。これがEPR効果でした。
いくつか制限はあるのですが、電子のスピンにEPR効果が成り立つなら、 電子の走る向きにだってEPR効果が成り立っていいはずです。確認しておりませんので、 次の2段落は一種の比喩としてお聞き下さい。
電子の走る向きとは、電流の±です。電流の±によって、 CPUはその状態が「0」であるか「1」であるかを保持します。そうすると、 もし、CPU内部の電子の走る向きに対して、 EPR効果を利用できるなら、図-1の「1桁目の状態」を表す2個のCPUを、 1個のCPUで実現できます。NO.1515NO.1521NO.1530のどこかで述べたように、 観測されるまでの量子状態は、「0」と「1」の状態を同時にとれるからです。
シュテルン・ゲルラハ実験は状態が2個という極端な場合でしたが、 たくさんの状態を量子的に同時にとる物理量はいくらでもあります。とすれば、 1個のCPUの中に、図-1に描いた全ての状態を同時に詰め込む事も、原理的にはできるはずです。 しかもそれらの状態は、EPR効果による長距離相関によって、瞬時に通信します。
 こうして、CPU×1で、配線不要で状態間の通信速度無限大で、完全にシンクロして動作する、 夢の超並列コンピューターの出来上がりです。しかも状態の設定を変えてやれば、汎用用途にも使えます。
問題は、そのような量子状態を長時間維持するのが難しい事です。 明らかに上記の条件は、マクロな量子コヒーレンスの例になります。 マクロな量子効果を得るためには、大きなエネルギーが必要です。 量子CPUが、非常に厳しい物理的条件をクリアしなければならないのは、明らかと思います。 これは一種、常温超伝導の研究と似ています。超伝導では極低温の維持が重要で、 超伝導の起こる臨界温度を少しでも上げるために、高い温度でも超伝導を起こしやすい素材を探したり、 合成したりします。
「量子コンピューター」をキーに、Googleしてみてください。 けっこう山のようにヒットします。 その中には大手電気メーカーの研究所もけっこうありますが(先行投資ですね、きっと)、 やっている事は、その厳しい条件の維持と、量子CPUになりやすい素材探しといった活動が目立ちます。
というわけで「量子コンピュータとは、極低温のような極限状態を材料に課し、 そのときに発揮される生の物理法則の威力によって、超並列化を行う仕掛けだ」と言えると思います。 極限状態を長時間維持する事は、結局は技術的問題です。技術的問題は、金と時間さえあれば必ず解決できます。1辺46kmの立方体CPUだって、宇宙空間で無理すれば100年後にはできるでしょう(宇宙空間なら、放熱問題も即時解決です)。量子コンピュータが日常的道具になる日は、そんなに遠くないかもしれません。

NO.1700  面白かったけど、高かった本   2007.12.25   DDT

本代と酒代を使いすぎて、嫁さんに怒られたという話です。

1.3ヶ月前
3ヶ月前、大学生協の本屋で物色してたら、なんと次の本がたまたま書棚にありました。

   数学と哲学の間
   村田全
   玉川大学出版部,1998年第1刷(増刷は、恐らくなし)
   18ページ,7600円

村田全の「数学の哲学」は以前ここでも紹介しましたが、技術的に整備された近代以降の数学と、 ギリシャ以来の自然哲学との関係を、本気で議論する職業数学者は、 日本では恐らくこの人だけではないかと思います。読んでわかりましたが、 村田全(死んでません)は、死去した広重徹とも親交があったのだと知りました。 広重徹は、日本の物理学史研究を世界レベルに押し上げた、最初の1人です。
でも値段は、318ページで7600円(税別)・・・。 でも、ここで見逃したら、次にお目にかかれるのは、20年後の「大学出版部復刊フェア」 とか名銘った紀伊国屋主催の店頭ではないだろうか?。・・・即日購入。

・・・チーン!,\7,600(税別)


ところが、その数日後に、次の本が紀伊国屋に平積みされていたのです。

   神は妄想である
   リチャード・ドーキンス
   早川書房,2007年5月初版,同7月3版

人気から考えて、恐らくこの本はなくなりません。私はもちろん無神論者ですが、 それでもここまであからさまな題名は、昨今珍しいと思いました。 何か、わけありなのでは?。しかも作者は、「利己的な遺伝子」 で有名なリチャード・ドーキンスではないですか。そして帯には、こう書かれていました。 「あのドーキンスが、なぜここまでむきになるのか?」
利己的な遺伝子 ⇔ 神は妄想 ⇔ ドーキンスがむきになる。 この構図は、どうにも魅力的でした。むきになったわけは、序文ですぐにわかります。 「私は、ニューヨークの貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ事件を知った時に、 宗教とそれらに関わる世界情勢に関して、何らかの事を言わざる得ない気持ちを持った」
この本は彼の正直な気持ちであり、進化生物学者としての意見表明だと思います。 科学者としての彼の思いに対して、私はコメントしません。読んでみて下さい。
この本はあなたを「まっとうな無神論者になるように」、用意周到に978ページもかけて説得してくれます。

・・・チーン!,合わせて\10,100(税別)


この月は酒も呑みすぎて、嫁さんにしこたま怒られました・・・。

2.2ヶ月前
まず値段をあげます。ここが、当記事の本論です。

   心の影1
   ロジャー・ペンローズ
   みすず書房,2001年12月
   248ページ,3800円(税別)

   心の影2
   ロジャー・ペンローズ
   みすず書房,2002年3月
   278ページ,3900円(税別)

作者ロジャー・ペンローズは、ホーキングとの共同研究で有名で、 根っこの部分は(世界有数の)数学者ですが、一流の物理学者でもあります。 この本の趣旨は、「ペンローズ、心の謎に挑む!」です。
しかし526ページで7700円(税別)・・・高すぎるぞこりゃ・・・でも先月、 318ページで7600円(税別)を買ったじゃないか?・・・ しかも「心の影」の前身である「皇帝の新しい心」は、一瞬で本屋から消えた・・・どうする? ・・・内容はこうです。

ペンローズは序文で、こう言います。
「第1部では、「理解」という人間の意識は、 単なる計算にはなしえないことを行っているのだとする私のテーゼを強く支える、 徹底的かつ詳細な議論を提供する」
いやっ、力強いですよね。わくわくしましせんか?。 彼は最初に意識をめぐる態度として、次の3つをあげます。

  1. 人間の脳は(意識は)、現行の汎用コンピュータが、恐ろしく複雑になったものに過ぎない。従って、 ニューラルネットワークなどを追求していけば、いつかは、人脳を再現できる。
  2. 人脳(と意識)は、計算不可能性に根拠を持つ。従って、現行の汎用コンピュータは意識を持つはずがない。
  3. 人の意識(魂)は、物理的なものではない。従って現行の科学では、意識(人脳)を解明できるはずがない。

以上は明らかにステレオタイプですが、妥当なものと思えます。 ペンローズ自身は、(2)を支持しています。ここで説明しなければならないのは、 計算不可能性に根拠を持つ、という事です。 計算不可能性とは、非数学的とか科学の適用範囲外とかいう意味ではありません。 それでは(3)と大差ないです。彼が言う計算不可能性とは、 「一定問題領域が与えられたとき、その領域内に含まれる任意の問題全てに、 普遍的に適用可能な計算手順(汎用アルゴリズム)が存在しない事」 です。そうです、ペンローズは「ゲーデルの不完全性定理」の事を言っています。 これは個別の問題に対しさえ、完全に数学的で妥当な解法は存在しない、 と言っているわけではありません。ただ全ての問題に適用しうる汎用アルゴリズムはない、 と言っているだけです。あるとすると、その理論は矛盾するからです。
言われてみれば確かにそうで、1)の立場は、チューリングマシンである現行のPC(汎用コンピュータ)の限界を一歩も出ないものです。現行のプログラミングは(職業なので良くわかりますが)、汎用アルゴリズムの存在を前提にします。その仮定なしでは、プログラムする気すら起きません(結果が保証されないので)。しかし「ゲーデルの不完全性定理」は「チューリングの決定不可能定理」と同じです。現行の汎用コンピュータの問題解決能力には、原理的に明らかな限界があるのです。 にも関わらず(1)の立場は、ことが意識のシミュレーションであるというのに、 その限界とは無関係にやれると最初から決めてかかっている、とペンローズは批判します。
彼があげる例はこうです。人間がある数学理論をつくる時には、 その理論よりも明らかに広い内容を含む、メタ理論の中で思考する。 メタ理論に含まれる、目標理論自体がすでに不完全性を持っているのだから、 メタ理論も当然不完全性を持つ。にもかかわらず正しい理論をつくる事ができる。 それはどうしてか?。まず汎用アルゴリズムだけを用いて、 全部の事をやったのではないのは明らか(それは不可能)。だとすれば、

a) 人間は自身のアルゴリズムの不備を意識しつつ、 経験や数値実験を通して不備を補い、正しい数学理論をつくるのか?.
b) 人間は、汎用アルゴリズムの限界を超えて、計算不可能な系を 「理解する」能力を持ち、完全に正しいという確信のもと、正しい数学理論をつくるのか?.

となるだろうと。
ペンローズの立論はいかにも定性的で、現時点では実証できる類のものではありません。 個人的にはa)を採用していたのですが(つまり、決めてかかっていたわけですが)、 ペンローズはb)以外信じられないと言います。これは数学者である彼の、偽らざる気持ちだろうと思います。
そしてb)だとすると、確かにある可能性が拓けます。 そうして、その可能性の根拠を物理的に探求するために、第2部が始まります。
ちなみに第1部では、以上のような話(以上は、私なりのまとめです)をするために、 ゲーデルの不完全性定理とチューリングの決定不可能定理に関して、 チャーチのλ計算まで含めて、徹底的かつ詳細な議論が提供されます (徹底的すぎて、半分も理解できればいいほうだ、というのが個人的な感想ですが)。
第2部では最初に、量子力学の論理構造が概観されます。その中でキーになるのは、 波動方程式の決定論的側面(U過程)と、U過程の結果の適用に関する非決定論的側面(R過程)です。 量子力学の基礎方程式シュレーディンガーの波動方程式は、量子状態を表すヒルベルト空間に作用する、 ユニタリ(Unitary)作用素とみなせるので、波動方程式の解である波動関数をU過程と呼びます。
U過程の計算は、ニュートンの運動方程式と同じく、初期状態によって決まる完全な決定論的時間発展です。いっぽう波動関数から粒子の位置を決定する際などには、波束の収縮(Reduction)と呼ばれる操作が使われます。それでR過程です。R過程はもちろん明確な規則で出来ていて、あらゆる場面に適用可能であり、現実的な使用においての不備はありません。しかしR過程は、シュレーディンガー方程式から導かれる事のない経験則です。そしてR過程において、量子力学に特有な確率性やEPR効果(量子効果)が現れます。 ペンローズの意見では、量子力学はR過程をまともに説明できないので、 それは不完全だとなります。アインシュタインもEPR論文で同じ趣旨の発言をしましたが、 解決の術がなかったので、時代の趨勢はコペンハーゲン解釈に傾きました。 しかしそろそろEPR論文から80年です。 その間本当は、観測問題の議論の絶えた事はありませんでした。 みんな本当はコペンハーゲン解釈に不満だったし、 量子力学はどこか不完全だと感じていたのだと思います。 EPR論文から80年後、ペンローズは、もっと現代的なR過程の解決を目指します。
以下は、とある書評からの受け売りです。
「量子論と一般相対性理論の統一を行おうとする際、 多くの物理学者は、量子論に合わせて一般相対性理論を修正しようとしている。 しかしペンローズは逆を目指す」
ちょっと言いすぎかなとも思いますが、この書評は、ペンローズの意図に気づかせてくれました。 量子論と一般相対性理論の統一とは、次のような事です。
量子力学の基礎方程式からR過程を説明できないという事とは別に、両理論に対しては、 それらが提唱された20世紀初等からの懸案事項がありました。まずニュートン力学ですが、 それは量子効果も相対論的効果も含まないという意味で古典理論と呼ばれます。 一方、相対論はもちろん相対論的効果を含みますが、量子効果を含まないという意味で古典的です。 ところが量子論も(オリジナルな形では)、相対論的効果を含まないので、古典論という事になります。 よって、量子論と一般相対性理論を統一した何かが、より完全な理論であることは、 もう70年以上前から明らかだったのです。しかし、いまだに解決していません。 ペンローズの意図は、量子論も一般相対性理論も妥当に修正することです。
量子論と相対論の統一が困難だったのは、相対論が非線形で量子論的な線形の定式化を受けつけないとか、 一般相対性原理が余りに厳しい要求で、平坦な時空を前提とした量子論がそれを受けつけないとか、 色々あったのですが、色々をまとめると、両理論が発現するスケールが違いすぎるという事にもなります。 トンネル効果や不確定性原理といった量子効果が顕著なのは、概ね原子レベル以下のミクロな領域です。 なので量子効果が日常レベルに現れる事はまずありません(利用はできますが)。 相対論効果が顕著になるのは、ビックバンとか銀河集団といった宇宙論レベルでの話になります。
ペンローズはR過程を、重力効果(相対論的効果)に従って、時空構造が選ばれる過程だと提案します (← 具体的な仕掛は、私には理解不可能です)。彼はそれを客観的収縮過程 (Objective Reduction,OR過程)と呼びます。そしてOR過程が発生するスケールオーダーを、 概算してまでみせます。そのスケールオーダーは、彼によれば、単細胞成分であるゾウリムシの体長より 少々小さい程度という、従来の量子論にとっては、途轍もなく巨大なスケールです。 よって生物は、その細胞の中で、特に脳の神経細胞は、OR過程という量子過程を、 例えばEPR効果という形で利用している可能性もある事になります。ここまで来れば、 ペンローズの行き先はもう見えてきます。彼は、脳は量子コンピュータではないのか?、と言いたいのです。 ただし最後に、大逆転ホームランが待っています。
続く章では、従来考えられていたよりもマクロなスケールで、 細胞が日常レベルで量子効果を利用しているかもしれないという、 生物学的ないくつかの例証が示されます。例えば神経系の存在しない単細胞生物やバクテリアにさえ、 食物走化性とか光走化性とかいわれる、「考えて行動している」かのようにみえる習性が存在します。 その機構の中心(微小管)を調べてみると、あたかも生体有限オートマトンにようになっている可能性があり、 しかもその大きさは、OR過程の発生スケールにふさわしものだとペンローズは言います。 印象に残った傍証の一つは、微小管はゾウリムシにも人間の脳細胞にも存在し、 麻酔は脳細胞の微小管の働きを阻害して、人を気絶させる事がわかっているが、 同様にゾウリムシも麻酔にかかる、というものでした。
ここまでまとめると、量子効果は従来考えられていたよりもマクロなスケールで、 日常的に発現し、それを脳細胞は日常的に利用する量子コンピュータかもしれない、 という事になります。しかしそれがb)で述べた、計算不可能な系を「理解する」能力と、 どうつながるのでしょう?。ペンローズは、現行の一般相対性理論の研究の中に、 その例証があると言います(ふつうの人は、こんな事は考えませんよね・・・)。

c) 一般相対論を研究していると、重力が定める時空の4次元幾何学の「型」 を判定する必要に迫られるが、型判定問題は、計算不可能である事を証明できる (汎用アルゴリズムは存在しない・・・だから?)。
d) 上記判定問題に一般決定手続きはないのだが、OR過程が本当に存在すれば、 それにも関わらず量子力学は、型の一つを(正しく?) 自然に選ぶ事になる。何が正しいかの判定基準は不明だが。
e) よって脳細胞がOR過程を本当に利用しているのであれば、 それに伴う選択効果によって、人間は計算不可能性の限界を突破できるかもしれない。

本当か〜〜っ!!!、って叫びたくなる気持ちはわかります。 でもいまペンローズは、大逆転ホームランを放ったんですよ。それは、
「現行の量子コンピュータも、結局はチューリングマシンにすぎない。 現行の量子コンピュータは超並列化されたノイマン型コンピュータと計算論的には同じであり、 計算不可能性の限界内にある」
という一文からわかります。この一文は、余りにもあっさりと書かれているために、 見た限りの書評では誰も注目していなかったのですが、 「人間の意識は、現行の量子コンピュータさえ凌駕する、量子過程を利用した何かである」と、 ペンローズは言っているのです。
「心の影」は以上で終わりですが、彼の言っている事は、 その筋で、一般的に受け入れられているわけではありません。 彼の立論は、現状では恐らくクレイジーな部類に入ります。 しかし、みすず書房がペンローズの名前に騙されて間違って出してしまった 「トンデモ本」ではありません。彼のあげた「状況証拠」を全て並べて、 もう一度全体を眺めてみて下さい。少なくとも、
   ・標準理論に則っている。
   ・述べられた範囲で、内部矛盾はない。
   ・各項目について、それぞれ現実の状況証拠がある。
と思えます(トンデモ本判定の汎用アルゴリズム?)。 ペンローズは、定性的原理的に、何が可能であるかの、その限界を探っているのです。 その結論の一つが「人間の意識は、量子コンピュータ以上のものである」でした。こんな例があります。
大陸移動説(プレートテクトニクス)は、私が小学生の頃はクレイジーな夢物語でした。 それが中学校末の理科の教科書あたりから雰囲気が変わり始め、高校の頃には学会でも認知されて、 「さようならと言わないで・・・光と影のように・・・」と五木ひろしが主題歌を謳いあげた、 初代「沈没」が出来上がります。ついこの間、草薙君主演でリメイクされ、 「日本以外全部沈没」というパロディー映画まで出る始末・・・。
「心の影」は、当代随一の数学者・物理学者である著者が、想像力を思いっきり拡げて、 本気で挑んだ試論です。クレイジー・ペンローズが、先駆けのペンローズにならない 日が来ないとは限りません。

・・・チーン!,合わせて\7,700(税別)


前の月の事があったので、嫁さんは半分角を出してました・・・。

3.先月
こういうのをシンクロニシティーというのでしょうか?。 私は現在大学で「計算数学」の講義を受けており、そこでは計算可能性が成り立つ範囲で、 有限オートマトンなどが定義されます。昨日、 決定性有限オートマトンと、非決定性有限オートマトンの受理言語の等価性を、 やっと自力で証明しました(と思ってるだけかもしれませんが・・・)。 後はε動作付非決定性有限オートマトンと、正則言語の話か・・・。 でもこういう話は、すごい辛気臭いというのが、現実の私の印象です。 でもε動作付非決定性有限オートマトンって、イベントを持つWindows Systemと同じでは?って、 ちょっと思いました。それはそれとして・・・。
禁欲しようと思ったんですが、

   科学と情報理論
   L.ブリルアン
   みすず書房,1969年第1刷,2002年第6刷
   354ページ,6900円(税別)

なんて本があったのです。これは名著です。
例えば位相的エントロピーと測度論的エントロピーを、冒頭のたった19ページで、 あっさりと明快に定義してくれます。私がそれらの定義に最初に出会ったのは、 ウィーナーのサイバネティクス(これも名著です)に紹介されていたシャノンの通信理論においてでした。 とんでもなく難しい上に、長かった。しかも理解できなかった。
訳者後書きによると、原著者のブリルアンは1889年生まれ、この本の第1刷が出た時には、 すでに80歳でした。ブリルアンは、現代の実証主義である操作主義を強力に提唱した人でもあり、 量子力学の観測問題には必ず出てきます。なので彼が、情報理論の本を書いていたとしても、 何の不思議もないのです。訳者によれば、情報量を定義する第1部と、 それを統計力学的にエントロピーと関連付ける第2部は、情報科学が発足して十数年たった現在においても、 初学者にとってきわめて啓蒙的であり(大賛成!)、古典的輝きを失っていないとあります。 それから40年経った現在にいたっても、そのとおりだと思います。
この本は読みかけですが、ゆっくりと読みたくなる非常に美味しい本です。 たぶん売れないにも関わらず、このような本を定期的に増刷して下さる、 みすず書房様、ありがとうございます。

・・・チーン!,\6,900(税別)


この月は、怖くて嫁さんの顔を見れませんでした・・・。

4.今月
先日、「計算数学」の講義でレポートを出題されて、 とうとう指定テキストを買わざる得なくなりました。
   オートマトン 言語理論 計算論T,U
   J.ホップクロフト,R.モトワニ,J.ウルマン
   サイエンス社,1984年第1刷,2007年第27刷
   337+240=577ページ,2800+2600=5400円(税別)

別に面白かぁ〜ないよ。しかも27刷もしてるくせに、 何なのこの値段?。暴利だ!(嘘です。安いです)。
今月こそは禁欲しようと思いました。でも・・・。これはもう絶対にシンクロニシティーです。

   コンピュータプログラミングの概念・技法・モデル
   ピーター・ヴァン・ロイ,セイフ・ハリディ
   翔泳社,2007年11月
   906ページ,8200円(税別)

この本はまだ序文しか読んでいませんが、内容の趣旨はわかります(いちおうプロなので)。 同書は、日本で始めて出た、本格的なプログラミング学の成書と考えられます。 実際、同書はアメリカのいくつかの大学(MITも含まれます) の情報講座で講義されたテキストの集大成であり、そのためにこんなに分厚くなっています。
従来のように、JavaやCを習得させ、例題を反復練習するスタイルではありません。 また、アルゴリズムだけに焦点を当ててもいません。 抽象化されたプログラミング行為そのものを学ばせる本です。
プログラム開発に関わる全ての技術者、教育者、理論家の必携の書と、 いつか言われる時が来ると思って買いました。だって、すぐなくなりそうなんだもの・・・。

・・・チーン!,合わせて\13,600(税別)


酒もあいかわらず呑んでます。月末が恐い・・・。

5.雑感 ご存知でしょうか?。どんなにマニアックな専門領域であっても、母国語で講義するのが標準になっている非英語圏の国は、日本くらいしかないって事を。これは江戸時代や明治以来の伝統であり、先人達の努力の結晶です。たとえどんなに難解な最新の数学や物理の書籍であっても、半年〜1年後には少なくとも一回は、その全訳が市井の本屋に出回ります。外国語音痴である私は、この環境に非常に感謝しています。いますが、そのために、日本の一般的な研究者の英語レベルは、非英語圏の国の中で最低だそうです。

NO.1699  不定方程式3−2=1  2007.12.17  K.F.

不定方程式3−2=1の1でない自然数解が、(x、y)=(2,3)に限られることを 証明します。

x=2のときは、y=3となる。
x=3のときは、2y=26となるから、yは自然数解になりえない。
y=2のときは、3x=5となるから、xは自然数解になりえない。

そこで、x>3、y>3なる自然数解が存在すると仮定する。
このとき、3x-1=2y の両辺を、3-1=2で割ると、



が得られる。式.1の右辺は偶数で、左辺の各項はすべて奇数だから、左辺の項数xは偶数になる。 ((奇数+奇数)+(奇数+奇数)+・・・+(奇数+奇数)=偶数)
そこで、式.1の左辺を2つずつ1組にして因数分解すると、

  (1+3)(1+32+34+・・・+3x-2)=2y-1  ・・・式.2

が得られる。式.2の両辺を4で割ると、

  1+32+34+36+・・・+3x-2=2y-3  ・・・式.3

が得られる。式.3では、式.1のときと同様に右辺が偶数なので、左辺の項数 x/2は偶数になる。そこで、式.3の左辺を 2つずつ1組にして因数分解すると、

  (1+32)(1+34+38+・・・+3x-4)=2y-3  ・・・式.4

が得られる。しかし、式.4の左辺は、5を素因数にもつので、これは不合理である。
したがって、、x>3、y>3なる自然数解は存在しない。
故に、3x-2y=1 の1でない自然数解は、(x,y)=(2,3)に限られる。

(証明終わり)

NO.1698  算額in宮城  2007.12.17  水の流れ

第201回数学的な応募問題


皆さん、「日本の幾何 何題解けますか?」(森北出版)「深川英俊 ダン・ペドー共著」 と言う本をご存知ですか。その中に宮城県桃生郡桃生町日高見神社に大正2年(1913年)に 掲額された問題を参考にして作りました。しかし、本には答えに至る過程が書いてありません。 そこで、皆さんの力を必要となりました。考えてください。

問題:∠Bを直角とする直角三角形ABCに図のような3個の正方形 PQRS, PQRS,PQRS が内接している。 3つの直角三角形B QP,RPS,RQPの それぞれの内接円O、O、Oのうち 両端の円の直径が25cmと16cmとするとき、真ん中の円O の直径を求めよ。
また、内接円O、O、Oの円の直径をr、 r、rとするとき、 これらの文字に間に成り立つ関係式を見つけてください。



注:この記事に関する投稿の掲載は、2008年1月7日以降とします。

NO.1697  AP:PBは何(3)   2007.12.17   DDT

例によって、とにかく計算すれば答えは出る方式ですが、結果は意外でした。

図のように、ABをベクトルa,ACをベクトルbとし、a,bを平面の基底にとります。 AP=ka,AQ=kb,0<k<1とします。 これらを用いて、BQを通る直線Lと、CPを通る直線Lは、



と表せます。ここで、l,mは任意の実数です。 LBとLCの交点Rの位置ベクトルrは、L=Lとおいて、 基底の係数を等しいとおけば、1−l=mk,1−m=lkなので、



となり、



が得られます。k≠1を使っています。L側からrを求めると、



になります。さらにベクトルc=RPとベクトルd=RQは、



です。内積の公式から、



となります。
さて、こっからが、やりゃ〜出来る方式の本番です。



なので、



です。よって(1)より、



が得られます。 従って、△PQRの面積を最大化する「AP:PB=k:(1−k)」のkを求めるには、



を最大化するkを見つければ良い事になります。しかし(2)では扱いにくいので、



で考えます。ここで、0<k<1です。 logは単調増加関数なので、g(k)=log f(k) が最大値なら、f(k)も最大値です。 g(k)の増減表をつくるために、g(k)をkで微分します。結果は、



となります。g'(k)の分母の零点は明らかに、k=−1,0,1です。分子の零点を求めるために、



とおけば、



です。従って、g(k)の増減表は、



となり、△PQRの面積を最大化する「AP:PB=k:(1−k)」は、



というわけで、AP:PBは、意外な(?)事に黄金比でした。さらに、



とおけば、



なので、



より、



となりました。

NO.1696  AP:PBは何(2)  2007.12.17  夜ふかしのつらいおじさん


△ABCの面積をSとおきます。
AP:PB=t:(1−t) とします。
PQ//BCなので、△RBCと△RQPは相似です。
ここで、BC:QP=RB:RQ=1:t です。
△QBCは△ABCに比べて、高さが (1−t)倍なので、
△QBC=(1−t) ×S
△RBCは△QBCに比べて高さが、1/(1+t)倍なので
△RBC=1/(1+t)×△QBC=(1−t)/(1+t)×S
△RBC:△RQP=12 : t2 より
△RQP=(t2−t3)/(1+t)×S

よって、(t2−t3)/(1+t) の最大値を調べればよいことになります。[定義域:0<t<1]
f(t)=(t2−t3)/(1+t) とおくと
導関数 f’(t)={(t2−t3)’(1+t)−(t2−t3)(1+t)’}/(1+t)2
        =−2t(t2+t−1)/(1+t)2
f’(t)=0 となるtは、t=0,(−1±√5)/2



上の表より定義域で、t=(−1+√5)/2 のとき△PQRは最大になります。
だから、AP : PB=(−1+√5)/2 : {1−(−1+√5)/2}
           =(−1+√5) : (3−√5)


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